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2026-09-01

珠洲市における「水と洗濯」の現地調査

こんにちは。学部4年の神成です。
私は2025年3月から定期的に石川県珠洲市を訪れており、今回は5回目の訪問として、7月26日〜8月7日の約2週間にわたり珠洲市全域で卒業論文のための現地調査を実施しました。

今回の調査では、令和6年能登半島地震における洗濯環境を中心とした生活インフラの確保と避難生活の実態を明らかにすることを目的とし、直・上戸・飯田・正院・宝立・蛸島・若山など珠洲市内の各地区を巡り、避難所や地域で自律的な支援を行っていた方々への聞き取り調査、実測調査、および住民アンケートの配布を行いました。

「洗濯」の手前にある水源確保と地域の知恵

今回の調査で特に強く印象に残ったのは、洗濯機を動かす前段階における「水源の確保」と「地域資源の活用」のプロセスです。断水と停電が続く極限状態の中、公的な支援をただ待つのではなく、地域の知恵と機転によって水を生み出し、生活を支えようとした動きが各地で見られました。

例えば、裏山の湧き水に着目し、発電機とポンプを設置して1日100トンもの清水を汲み上げた小谷内さんの取り組み。その水は自宅前の洗濯機の稼働だけでなく、蛸島地区の「コインランドリーブルブル」へも軽トラックでピストン運搬され、地域の洗濯拠点を支える貴重な水源となりました。ブルブルさんでは、朝5時から夜遅くまで1日10往復もの水運搬を行いながら、ピーク時には1日100人近くに及ぶ住民の洗濯を受け入れ、待ち時間には炊き出しが行われるなど、過酷な状況下で生活と心を支える重要な場となっていました。

(写真1:小谷内さんの洗濯支援の拠点)

また、上黒丸地区の池ノ上さんは、山間部の高低差を利用して約770mものパイプを這わせ、動力を極力使わずに自然流下で水を引き込む仕組みを構築されていました。

さらに、飯田地区の乗光寺では、かつて使われていた井戸の再生から始まり、ボランティアによる井戸掘りやお湯作りによって洗濯拠点が立ち上がっていきました。そこでは洗濯にとどまらず、温かいお湯で食器を洗ったり、お茶を飲みながら住民同士が語り合ったりする地域の溜まり場としての役割も果たしていました。

(写真2:ボランティアによって掘られた井戸)

調査を通じて得た気づきと危機感

現地でヒアリングを重ねる中で、いくつかの重要な気づきがありました。

まず、公民館の館長さんや住民の方々が多く口にされていた「冬だったから汗もかかず、衣服の汚れも数日間は我慢できた。これがもし真夏だったら衛生面も含めて本当に大変なことになっていた」という言葉です。季節による生活衛生の切迫度の違いを改めて実感しました。

そしてもう一つは、同じ珠洲市内であっても、山の近くか市街地かによって対応の仕方が大きく異なるということです。山間部と市街地では、確保できる水源や排水の条件、さらには賄わなければならない人口規模が全く異なり、それぞれの立地環境に応じた工夫や葛藤がありました。

何より驚かされたのは、支援を行っていた方々だけでなく、一般の住民の皆さんも「自分たちの住む土地の地形や水脈、昔の井戸や湧き水の位置」といった地域の自然特性についての豊かな知恵を持っていたことです。そうした知識と経験があったからこそ、近代的なインフラが完全に途絶した状況下でも、工夫を凝らして自律的に生活を維持することができたのだと深く理解しました。

普段東京で暮らす私自身を振り返ると、自分の住む地域の自然特性や水源のあり方についてほとんど知らないことに気づかされ、首都直下地震が懸念される都市部での備えに対しても強い危機感を覚えました。今回の調査は、単に建物の空間を考えること以上に、その前提となる、建築より手前の水・排水・エネルギーといったインフラと人・土地の関わりについて深く学ぶ極めて貴重な機会となりました。

今後の研究に向けて・感謝

現在、配布した住民アンケートの回収を進めるとともに、現地で実測・ヒアリングした各洗濯拠点の空間構成を図面化・比較分析する作業を進めています。

過酷な体験を振り返りながら丁寧に調査に応じてくださった公民館や住民の皆様、小谷内さん、ブルブルの田中さん、池ノ上さん、乗光寺の落合さんご家族、平蔵さん、そして現地で温かく案内・サポートしてくださった吉田さんをはじめ、ご協力いただいた全ての皆様に心より感謝申し上げます。

現場でお預かりした貴重な生の声と知見を大切に整理し、これからの地域防災や住環境・復興デザインの提案へと還元できるよう、卒業論文の執筆に全力で取り組んでまいります。

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